正木環斎とお万の方

Yashiki-ato

正木環斎屋敷跡(鴨川市成川)

清澄山系の山裾にある、環斎屋敷跡の前方には、長狭地方の豊かな田園風景が広がっており、清澄山系と対をなすように聳える嶺岡山系には、正木氏が拠った山之城の城跡があり、ハイキングコースにもなっている。

 

Oman-no-zo
お万の方の像(勝浦市八幡岬)

少し足をのばして、勝浦市の八幡岬に行くと、「布晒し伝説」で知られる、お万の方の像が、茫洋とした大海を眺めて佇んでいる。ここから官軍塚(明治維新の官軍遭難碑)まで、深緑の中を徘徊し、夏の太平洋を眺めながら、お万の方を想いやるのも、一興かと思われる(徒歩30分)。
*正木頼忠(環斎)は、館山から大多喜にかけて勢力を持って、里見氏を支えた正木氏の一族である。天正18年(1590年)、豊臣秀吉の小田原攻で、里見氏が上総国を没収され、安房国一国になると、頼忠は出家して環斎と名乗り、現在の鴨川市成川に住んだといわれる。 (K.K.)